大判例

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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4162号 判決

原告

コロンビア・ブロードカスティング・システム・インコーポレイテッド

右代表者

フランク・スタントン

右訴訟代理人

ウォーレン・シミオール

ほか二名

被告

大丸タクシー株式会社

右代表者

秋山誠作

ほか一名

右訴訟代理人

榎林力

ほか一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

「被告は、原告に対し金一、〇二九、八〇〇円およびこれに対する昭和三六年九月一六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

主文第一、二項同旨の判決。

第二  主張

(原告)

一、原告および被告の営業

原告はニュース報道を業とするものであり、被告はハイヤー・タクシー等による旅客運送を業とする株式会社である。

二、ハイヤー使用契約の締結

原告会社取材員堀田宏は、昭和三六年九月一六日、被告との間に、大阪グランドホテルを通じ、「台風状況取材のため被告より運転手附でアメリカ製ハイヤー二台の提供をうけ使用料金は使用時間に応じ支払う」旨のハイヤー使用契約を締結した。

三、取材機具の破損

原告の従業員である右堀田らは被告所属運転手袮酒義明、同中島昌司の運転するハイヤー二台に原告所有の撮影機、交換レンズ、露出計等の必要取材機具を積載し、同日近畿地方に来襲した台風の取材にあたつていたところ、高潮が押寄せ、その結果前記ハイヤーに積載した取材機具等は泥水中に没し原告は同機具の修理交換のため合計一、〇二九、八〇〇円相当の損害を蒙つた。

四、被告の賠償責任

高潮の押寄せたことは天然現象であつてこれについては何人も責任を負うべき理由はないが、顧客の生命財産を目的地に安全に送り届ける義務を負うハイヤー運転手としては、台風の襲来による高潮の有無に十分留意しハイヤーに積載した顧客の所持品に損害を与えることのないよう注意し、ハイヤーを適宜安全地帯に移し、起り得べき損害を未然に防止すべき義務がある。しかるに、前記運転手らは何ら右注意義務を尽さず、その結果原告に前記損害を蒙らせたものであるから、右損害は同運転手らの過失により生じたものであり、被告は右運転手らの使用者としてこれを賠償すべき義務がある。

(被告)

一、請求原因一の原告および被告の営業に関する事実および被告が原告の取材員らに対し、袮酒、中島両運転手の運転するハイヤー二台を提供したことは認めるが、原告主張の損害が右運転手らの過失により生じたことは否認する。

二、右損害は原告の従業員たる取材員がすさまじい台風写真を撮ることにのみ熱中し、被告所属の運転手らが危険だから退避したい旨懇請したにも拘らず、これを無視して取材を続行したために生じたものである。そして前記運転手らは完全に原告取材員の支配下に入り単に取材員の手足となつてその指示、命令、監督の下に行動したにすぎず、何ら自由裁量的行動の余地はなかつた。したがつて、同運転手らには何ら過失はなく右損害は原告取材員自身の重大な過失に基くものというべきであるから、被告がこれを賠償すべき理由はない。

三、仮りに、被告に賠償責任があるとしても、その責任は商法第五六六条、同第五六九条、同五八九条の規定により一年で時効消滅すべきところ、本訴提起前、原告が被告からその主張する撮影機等の取材機具を受け取つた日より一年以上を経過した昭和三七年九月末日限り右責任は時効により消滅した。よつて、被告は本訴においてこれを援用する。

第三、証拠 <略>

理由

一、原告および被告の営業

請求原因一の原告および被告の営業に関する事実については当事者間に争いがない。

二、ハイヤー使用による台風取材機具の破損

<証拠>によれば次の事実が認められる。

(1)  原告の従業員堀田宏外数名の取材員は、昭和三六年九月一六日、当時近畿地方に来襲しつつあつたいわゆる第二室戸台風の被告に対し右取材にあたり使用するハイヤー二台を宿舎までまわしてくれるよう申入れたこと

(2)  被告はこれを承諾し被告所属運転手袮酒義明、同中島昌司の運転するハイヤー二台を右堀田らの宿舎に差向けたこと

(3)  右二台の車に分乗しカメラ等の取材機具を載せた堀田ら原告の取材員は、運転手に命じて大阪港方面に向い大阪市港区八幡屋元町にある千舟橋附近で取材した後、更に運転手に指示して海岸に近い天保山桟橋附近におもむき同所において取材を行つたこと

(4)  その際前記運転手らから高潮の危険があるから千舟橋附近の安全な場所で待機させてほしい旨の申出があつたが、堀田らは取材は間もなく終わるし取材機具を出し入れする必要があるからその場で待機しているよう命じて取材を続行したこと

(5)  ところが、間もなく高潮が押寄せたため附近一帯は高波にあらわれ、前記二台の自動車に積込んであつた原告所有の取材機具の一部は右自動車とともに水中に没して海水に侵され、そのままでは使用し得ないような状態になり破損したこと

以上の事実が認められ、<証拠判断省略>

三、被告の賠償責任の有無

そこで、右事実に照らし考えるに、一般に、旅客の運送を行うハイヤー運転手としては約旨にしたがい安全に運送を遂行すべき義務を負うものであるが、本件においては、前記自動車は原告取材員らの台風状況取材のために使用されるものであり、目的地の選定一定場所での滞留の要否等はすべて取材活動の便宜に合するように定められるものであるから運転手としてもこれらの点については取材員の指示命令に従わざるを得ず、また取材機具を載せている関係上、高潮の危険が運転手自身の生命身体を危うくする程目前に迫つているような緊急の場合は格別そうでない以上、顧客である取材員の承諾を得ないでみだりに取材地点から遠く離れた場所へ移動して待機することは許されない状況にあつたと認められる。

したがつて、前認定の如き状況の下で危険を伴う場所への運送および同所での待機を指示、命令する取材員としては、まず、自から台風の接近状況、高潮の危険の有無に留意し適宜危難を回避するよう注意すべき立場にあつたといわねばならない。

しかるに堀田らは天保山桟橋附近で取材した際、前記運転手らが安全な場所に退避したい旨申出ていたにも拘らず高潮の危険のあることを十分考慮せず取材を続行したものであり、結局前記事故は、原告取材員らが台風の接近、高潮の危険の有無に対する判断を誤り退避すべき時機を失したが故に発生したものというべきである。

したがつて、原告取材員らが持込んでいた取材機具が破損したことについては被告およびその被用者である前記運転手らに過失はなく、むしろ原告取材員自身の過失がその原因となつているものと解するのが相当である。

四、結論

以上認定のとおり、被告ないしその被用者である前記運転手らに過失がなかつたとすれば、原告の被告に対する本訴請求はその余の点の判断に及ぶまでもなく失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(亀井左取 谷水央 上野茂)

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